今年のツール・ド・フランスは面白かったか。発信地を問わず「記憶に残るレースだった」と賛辞を送る者は多かったが、ベクトルは大会ではなく、我々の内心に向かっていたのではないか。
我々は結果が分かっているレース――さしたる魅力もないコース設定の日々――を忍耐強く、パリ・シャンゼリゼまで見届けた。下克上は起きず、ワールドチームと比肩しうるプロチームは積極的な仕掛けをするはずもない。もう魔法は解けた頃だから、正直に言えばいい。面白くなかった。
しかし、ツール・ド・フランスの消化不良の全ては、ブエルタ・ア・エスパーニャへの前座に過ぎない。財布を寂しくするフルコース料理を「おいしいと思わなければいけない」と呪詛を掛けてまで食べても、あるいは「お前は食えるだろ」と肉や酒がどんどんと運ばれてくる飲み会に打ちのめされても、人間というものは何とか良い思い出にしようとする。でも知っているだろう。心を満たす最高の瞬間は、家の冷凍庫に突っ込んでおいた「スーパーカップ・バニラ」に手を伸ばす時なのだと。
忍耐のツール・ド・フランスのあとに食べる、ハーゲンダッツでも、レディーボーデンでもない、なぜか“とっておき”を感じるいつもの味わい。ブエルタ・ア・エスパーニャは今年もロードレースファンに熱い展開を約束し、もちろん心からの笑いと心からの疑問と頭を抱える寝不足を届けてくれる。
ブエルタ・ア・エスパーニャも選手たちが競う賞は他のレースと同じ。すなわち、全21ステージ通算で最も速く走った選手を讃える「個人総合時間賞」、着順にポイントが与えられスプリンターが獲得しやすい「ポイント賞」、山岳地点に設定されたポイントの累計を競う「山岳賞」、そして個人総合時間賞のうち25歳以下を抽出する「ヤングライダー賞」の4賞で特別ジャージーが用意されている。
最も名誉あるのが「個人総合時間賞」で、ツール・ド・フランスでは「マイヨ・ジョーヌ」こと黄色ジャージーが証だったが、ブエルタでは赤色に変わり「マイヨ・ロホ」と呼んでいる。灼熱のスペインらしいカラーだ。
各チームは8人で出走する。マイヨ・ロホ争いの注目はごたごたしそうなユンボ・ヴィスマ勢だ。
本来ならプリモシュ・ログリッチ(スロベニア)の単独エースとなるはずが、ツールを制したヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク)がブエルタにもエントリー。それだけでも分裂含みだが、登坂力のあるセップ・クス(アメリカ)、オールラウンドに走れるウィルコ・ケルデルマン(オランダ)、同じく若手オールラウンダーのアッティラ・ヴァルテル(ハンガリー)もいてチーム内はエースだらけ。彼らの人間模様は昼メロさえもしのぐ狂騒となるかもしれない。