山口市阿東町はリンゴや米の一大産地として知られる。真っ平らな徳佐盆地に田畑が広がり、盆地特有の寒暖差が作物をおいしくするという。特にリンゴは盆地気候の申し子と言ってもいいくらい盆地に適応した作物で、山口では徳佐や阿東と聞けばリンゴを思い浮かべる人も多いだろう。
今まで疑問にも思ってこなかったが、写真を見返してふと気づいた。下は徳佐盆地の写真だが、本当に真っ平らで、山に当たるまで同じ平面が続いているように見える。開放感はもしかしたら由布院盆地を上回るかもしれない。なぜ、こんなにも平らなのか。
国土地理院のウェブサイトには「日本の典型地形について」というコーナーがある。地理や地学に興味がある人にとっては飽きないページ。ここに「埋積谷」の注釈付きで徳佐の地名が見つかる。ここは全国に誇れる埋積谷地形というわけだ。
埋積谷とは何か。読みは「まいせきこく」。広義には谷底に流れ込んだ土砂が分厚く積み重なっている地形を指す。山口市中心部の山口盆地も埋積作用によって造成された盆地。こうした地形は大小の差はあれど、あちこちに存在する。
国土地理院の注釈には続きがあり、こう書かれている。「阿武川水系。旧堰止が埋積されたもの」。旧堰止、つまりは「せき止め湖」に土砂が堆積して地平ができあがったらしい。
せき止め湖は、地滑りや火山活動などが原因となって川が塞がれ、行き場をなくした水が谷に溜まることで生じる。近年では新潟県中越地震(2004年)による地滑りで信濃川水系の芋川が塞がれた旧山古志村(長岡市)の天然ダムが記憶に新しい。
もちろん現代でせき止め湖が発生すれば、湖内に住む人々の生活が脅かされるばかりか、決壊すれば下流域に甚大な被害が生じるため、すぐに新しい流路を確保する策が講じられる。しかし起きた時代が古ければ、せき止め湖は地形が発展する過程の一つとなり、私たちの足元にある地面の原材料となる。
徳佐盆地も川がせき止められてまずは水が溜まり、そこに土砂が流れ込み、そして水が排出されて平らな地平ができあがった。
国土地理院の注釈は「阿武川水系」とあるため、阿武川がせき止められてできた湖のように感じるが、早合点してはいけない。もともとの徳佐盆地を流れていた川は、萩市に注ぐ阿武川ではなかった。